回復研究所【連載第4章】自閉は「消す」対象ではない——感覚、すれ違い、併存する苦しさを、社会生活上の障害として読み直す

人生・悩み

関連短編:慰めAIのバグ——夜に同じパターンが走る理由

ヤバりみ!編集部です。

第3章では、ADHDを性格やしつけの問題ではなく、実行機能の偏りという視点から読み直しました。

日常生活で行き詰まる回数を減らし、そのたびに自分を責め続ける悪循環を断つ。大切なのは、そこでした。

第4章で扱うのは、ASD(自閉スペクトラム)です。

ASDのある人にも、長いあいだ、さまざまな言葉が向けられてきました。

「空気が読めない」
「人の気持ちが分からない」
「こだわりが強すぎる」
「普通にすればいい」

けれど、本人の内側では、周囲から見えているものとはまったく違うことが起きている場合があります。

音が刺さるようにつらい。
光の刺激がいつまでも残る。
会話の速さについていけない。
相手を理解しようとしているのに、「冷たい人」と受け取られてしまう。

そのすれ違いを埋めるために、一日中周囲に合わせ続け、家に帰った途端、動けなくなるほど疲れ果てることもあります。

第3章と同じく、最初にこの連載での考え方を明確にしておきます。

ここでいう「よくなる」「治せる」とは、自閉という在り方そのものを消すことではありません。

薬を飲めばASDが永久になくなる、という意味でもありません。

症状や苦痛が一定期間落ち着くこと。

仕事や学業、家事、対人関係などの日常生活が、以前より回りやすくなること。

本人自身が「以前より生きづらさが和らいだ」と感じられること。

そして、研究によって測定できる範囲では、脳や神経の変化が確認されること。

こうした変化のいくつかに近づける可能性がある。

この連載では、そのように考えます。

ASDについて考えるとき、とくに大切なのは次の三つです。

感覚による苦痛を減らすこと。

コミュニケーションのすれ違いによって生じる負担を減らすこと。

不安やうつ、ADHDなど、同時に抱えている別の苦しさを見逃さないこと。

特性そのものを消そうという話ではありません。

本人が日常生活で抱えている苦痛や困難を、変えられるところから少しずつ減らしていく話です。

そしてこの章でも、うまくいく話だけを書くつもりはありません。

工夫しても苦しい日。

支援が必要なのに届かない人。

そうした現実も同じように扱います。


なぜ「性格」や「努力不足」に見えてしまうのか

ASDによる困りごとは、外から見ると本人の「態度」や「性格」のように見えてしまうことがあります。

挨拶するタイミングがずれる。

冗談を真に受けてしまう。

逆に、冗談に合わせたつもりなのに相手を困らせてしまう。

予定が突然変わると、その場でどうしていいか分からなくなる。

好きな話題を長く話し続けてしまう。

その一方で、何気ない雑談が続かない。

服のタグ、蛍光灯の光、駅のアナウンス、人混みの匂い。

周囲には「そんなに気にすること?」と思える刺激が、本人にとっては仕事や会話を続けられなくなるほど大きな負担になることがあります。

周囲から見れば、

「協調性がない」
「自分勝手だ」
「そのうち慣れる」

と思うかもしれません。

しかし本人は、まったく違うところで必死になっている場合があります。

相手の表情を見る。

言葉の意味を理解する。

自分の声の大きさを調整する。

手や体の動きを意識する。

そして、次に何を言えばいいのかを考える。

一つの会話の中で、これだけのことを同時に処理しようとしている人もいます。

その負担が大きすぎると、肝心の会話内容を考える余裕がなくなってしまいます。

やる気がないわけではありません。

相手を拒絶しているわけでもありません。

受け取らなければならない情報が多すぎて、対応が追いつかなくなっているのかもしれないのです。

このすれ違いが何年も続けば、失敗するたびに、

「私は人とうまく生きていけない人間なんだ」

という結論へ戻るようになることがあります。

最初に変えたいのは、ここです。

問題の原因をすべて本人の人格に求めるのではなく、感覚、コミュニケーションのすれ違い、そして環境との相性という視点から見直します。


「消す」が目標になると、何が起きるか

自閉スペクトラムは、一つの原因から生じ、全員が同じ特徴を示す病気ではありません。

幼い頃から見られる社会的コミュニケーションの難しさや、反復的な行動・感覚の特徴などがさまざまな形で重なる、非常に幅の広い状態として記述されています[1]。

長期的な見通しについては、50年前と比べて明るくなった面もあります。

施設で暮らし続けることを当然とする時代から変化し、話すこと、読むこと、地域で暮らすことができる人も増えました。

成人になるまでに、診断基準の閾値を大きく下回る人もいます。

しかし、同じ文献では厳しい現実も示されています。

成人後もフルタイムで働くことや、一人で生活することが難しい人は少なくありません[1]。

希望だけを書けば、現実に重い困難を抱えている人を置き去りにしてしまいます。

逆に、厳しい数字だけを書けば、変化できる可能性まで見えなくなります。

この章では、その両方を扱います。

もう一つ、重要なことがあります。

自閉を「異常」とみなし、それをできる限りなくす方向を重視してきた研究の歴史があります。

しかし近年では、本人に何が欠けているかだけを測り、本人が生きている環境や文脈を十分に考えず、当事者自身を研究の外側に置いてしまうことの限界も指摘されています[2]。

神経多様性という考え方では、人間の脳にはさまざまな在り方があることを前提として、本人が感じる苦痛や生活上の困難を、環境との関係も含めて考えます。

この連載の考え方も、そこから大きく外れるものではありません。

第0章から繰り返しているように、変えたいのは「その人の在り方」ではありません。

本人を苦しめている苦痛や、生活上の困難です。

ASDを美化して終わるのでもありません。

反対に、自閉という在り方を否定して終わるのでもありません。

音や光が耐え難い夜。

会話を終えたあとに残る強い疲労。

同時に抱えている不安。

そうした、実際に本人を苦しめているものを考えていきます。


証拠①——すれ違いは、片方だけの問題ではない

「空気が読めない」。

ASDについて語るとき、よく使われる言葉です。

しかし、この言葉には、

空気を読む側は正しく、読めない側に問題がある

という前提が入り込みやすくなります。

対人関係の難しさを、自閉のある人の「共感性の欠如」だけで説明すると、実際に起きていることを見誤る可能性があります。

「ダブル・エンパシー(二重の共感)」という考え方では、自閉のある人とない人の間では、お互いの物事の捉え方や前提が異なるため、双方が相手を理解しにくくなることがあるとされています[3]。

どちらか一方だけに能力がない、という話ではありません。

世界の感じ方や情報を処理する速度が異なる二人が、同じ「普通」を前提に会話している。

その結果として生じる負担が、一方だけの責任として扱われやすいのです。

この視点に立つと、

「もっと相手の気持ちを考えなさい」

だけでは解決しない理由も見えてきます。

本人は、すでに考えているかもしれません。

むしろ考えなければならないことが多すぎて、会話についていけなくなっている可能性さえあります。

必要なのは道徳を教えることではなく、会話の速度や感覚、文脈の共有方法を調整することかもしれません。

もちろん、これは何をしても許されるという意味ではありません。

誰かを傷つけた事実が、説明によってなくなるわけではありません。

ただ、その人の人格を責める前に、

「このすれ違いは、どうして起きたのだろう」

と考える余地はあります。


証拠②——感覚は「気の持ちよう」ではない

光。

音。

触覚。

匂い。

動き。

ASDでは、こうした感覚の処理が平均とは異なる形で現れることが報告されています。

非常に敏感になる場合もあれば、逆に感じにくい場合もあり、その両方が混在することもあります[4]。

外から見れば、

「我慢が足りない」

「わがまま」

と思われるかもしれません。

しかし本人にとって、その刺激は単なる「気になる音」ではなく、痛みに近いほど強い刺激になっていることがあります。

会議室の蛍光灯。

電車のアナウンス。

服の縫い目。

一つひとつは小さく見えても、それが積み重なることで、会話や仕事を続けること自体が難しくなる場合があります。

こうした感覚の問題を「性格」として扱えば、本人はさらに自分を責めることになります。

けれど、自分を責めても刺激そのものはなくなりません。

ここで大切なのは、

感覚そのものをなくすことと、感覚による負担を減らすことは違う

ということです。

耳栓を使う。

照明を調整する。

一人になれる時間をつくる。

予定の変更を事前に伝える。

同時に複数のことを求めない。

大がかりな訓練を始める前に、まず環境から入ってくる刺激を一つ減らす。

それだけでも助けになる人がいます。

「慣れれば平気になる」という人もいるでしょう。

実際に慣れる人もいます。

しかし、慣れる前に疲れ果ててしまう人もいます。

一般論と、今その人に起きていることは、分けて考える必要があります。


証拠③——大人になってから分かる人もいる

ASDは「子どものもの」として語られることがあります。

しかし実際には、成人してから初めて診断される人もいます。

診断基準の変化、周囲から気づかれにくかったこと、そしてカモフラージュ(取り繕い)によって、子どもの頃には診断につながらなかった人たちがいます。

そうした「見失われてきた世代」の存在は、成人のASDを考えるうえで重要なテーマとなっています[5]。

成人してから診断を受ける場合には、別の難しさもあります。

子どもの頃の様子を知る人がいない。

自分自身でも、これまでの困難をうまく言葉にできない。

不安やうつなど、別の苦しさが前面に出ている。

診断名がつくよりずっと前から、その人には長い人生の物語があります。

「どうして自分だけ、周囲に合わせようとするとこんなに疲れるのだろう」

「努力が足りないと言われ続けてきた」

「できることはたくさんあるのに、人と関わると急にうまくいかなくなる」

「次こそ普通にできると思ったのに、また失敗した」

それが何年も続けば、問題は感覚やコミュニケーションだけではなくなります。

自分自身を否定し続けることが、新たな苦しさになっていきます。

第3章のADHDでも見てきたことです。

困難そのものだけでなく、

「自分はダメな人間なのだ」という自己認識が先に深く傷ついてしまうことがあります。


取り繕いと、燃え尽き

周囲に合わせるために表情を作る。

相槌を打つタイミングを覚える。

本当は興味がなくても、相手の話題に合わせる。

それがうまくできると、周囲からは、

「この人は問題なさそうだ」

と見えるかもしれません。

しかし、そのために使った力の反動が、家に帰ってから一気に現れることがあります。

成人の自閉スペクトラムにおける「ソーシャル・カモフラージュ」は、社会の中で周囲に合わせるための戦略として研究されてきました。

一方で、それが常に良い適応になるわけではなく、ストレスや気分の落ち込み、自己評価の低下などと関連する可能性も指摘されています[6]。

さらに、長期間にわたって自分の力を使い続けた末に起こる状態として、「オートイスティック・バーンアウト(自閉的燃え尽き)」という概念も提唱されています。

慢性的な疲労。

以前できていたことが難しくなる。

刺激への耐性が下がる。

本人に求められることと、受けられる支援とのずれが長期間続いた結果として起こりうる状態です[7]。

つまり、

「頑張って普通に見せられるようになった」ことが、そのまま回復とは限りません。

一日うまく振る舞えた代わりに、そのあと何日も動けなくなるほど疲れてしまうのであれば、単純に「うまくいった」とは言えません。

その人に求められている条件そのものが、合っていない可能性があります。

だから、

「もっと上手に周囲に合わせましょう」

という方法だけを渡すのは危険です。

社交的に振る舞う技術を増やすことより先に、

演じなくてもいい時間をつくること。

感覚の負担を減らせる場所を確保すること。

それが必要な人もいます。


併存する苦しさを、自閉だけで説明しない

ASDのある人が感じている生きづらさを、すべて

「自閉だから」

で説明してしまうと、別の問題を見落とす可能性があります。

成人では、不安やうつが高い割合で報告されています[8]。

子どもについても、不安、ADHD、反抗挑戦性など、複数の精神医学的状態が重なることが示されています[9]。

第3章で扱った実行機能の問題が重なっている人もいます。

予定を立てられない。

衝動を抑えにくい。

時間の見通しを立てにくい。

外から見ると、それらすべてが「こだわり」に見えるかもしれません。

しかし実際には、ADHDなど別の側面への支援が必要な場合もあります。

不安が強く前面に出ていれば、ASDが見えにくくなることがあります。

逆に、ASDという診断名だけが強く意識されることで、うつやトラウマなどが後回しになる可能性もあります。

ここは次の第5章、

「誤診、併存、境界」

へ続く入口です。

この章で言えることは、一つです。

一つの名前だけで、その人に起きていることをすべて説明しない。

薬についても、第2章・第3章と同じ考え方です。

ASDそのものを消す特効薬がある、とは書きません。

一方で、併存する不安やうつ、睡眠の問題、ADHDなどに対して医療で用いられる手段はあります。

治療を受けている方は、薬の開始・変更・中断を自己判断で行わず、医師や専門家と相談してください。


ASDでいう「よくなる」とは

では、ASDにおける「よくなる」を、もっと日常的な言葉に置き換えてみます。

感覚による刺激で、一日すべてが崩れてしまうことが以前より減る。

会話で失敗したあと、何日も自分を責め続けなくて済む。

仕事や学業、家事が立ち行かなくなる回数が減る。

「私は人として欠けている」と考えるのではなく、

「今回は、この条件が自分には合わなかった」

と考えられるようになる。

併存している不安やうつについても、医療と生活の両面から支援を受け、以前より落ち着いて過ごせるようになる。

それが、この章でいう「よくなる」です。

特性そのものを消すことではありません。

音に敏感でも、通勤だけで一日の力を使い果たさずに済む。

雑談が苦手でも、必要な連絡はできる。

特定のことに強い興味を持っていても、それによって生活全体が止まってしまう前に区切ることができる。

神経多様性という考え方とも、矛盾する必要はありません。

目的が、

「自閉という在り方を消すこと」ではないからです。

本人を苦しめている苦痛や、社会生活上の困難を、可能なところから減らしていく。

大切なのは、そこです。

Lordらの総説が示すように、将来の見通しは一様ではありません[1]。

大きく生活しやすくなる人もいます。

一方で、成人後も多くの支援を必要とする人もいます。

「大人になれば自然になくなる」

でもありません。

「何をしても変わらない」

でもありません。


うまくいかない側も書く

希望だけを書けば、現実に苦しんでいる誰かを傷つけてしまいます。

感覚への対策をしても、刺激が強すぎる環境はあります。

コミュニケーションを工夫しても、それを嘲笑する職場もあります。

大人になってようやく診断にたどり着いても、必要な支援につながれない人もいます。

言葉によるコミュニケーションが難しい人。

知的な面でも支援を必要とする人。

医療と福祉の連携が十分でない環境にいる人。

そうした現実に対して、

「自分の感覚を記録しましょう」

という方法だけでは届きません。

長い間責められ続けてきた人の中には、方法が分かっても、すぐには行動できない人もいます。

「こうすればいい」と頭では分かっている。

それでも体が動かない。

そんなとき、新しい方法を覚えることより先に、十分に眠ることや、責められずに過ごせる場所が必要な場合もあります。

そして、本人の工夫だけでは変えられない環境があります。

休むことを許されない職場。

「普通にしなさい」と言われ続ける家庭。

必要な合理的配慮を受けられない学校。

そうした環境にいる人へ、

「あなた自身がもっと工夫してください」

と言うだけなら、結局は「もっと頑張れ」と言っているのと変わりません。

ただし、反対側にも注意が必要です。

「ASDだから仕方がない」

ですべてを終わらせても、次へ進むことはできません。

説明は、何をしても許されるためのものではありません。

何が起きているのかを理解し、次に何を変えられるのかを考えるための地図です。

誰かを傷つけたのであれば、その事実や、必要な謝罪・関係修復までなくなるわけではありません。

変えられる条件はある。

同時に、本人一人の努力では変えられない現実もある。

その両方を見ます。


今夜からできる、小さなこと——医療の代わりではありません

ここから書くことも、診断や治療の代わりになるものではありません。

そのうえで、

「明日の朝を、今日より少しだけ過ごしやすくする」

という範囲で、五つだけ挙げます。

1.つらい感覚刺激を、一つ減らす

すべてを我慢する必要はありません。

音、光、人混み、同時に複数のことを求められる状況。

その中から、今いちばん負担になっているものを一つだけ減らしてみます。

2.「普通に見せようとする時間」を区切る

一日中、周囲に合わせ続けない。

周囲に合わせる必要がある時間と、力を抜いていい時間を分けます。

それさえ難しいほど疲れている夜なら、まず睡眠を優先します。

3.会話のあと、自分を責める前に一行だけ書く

「私はダメだ」

ではなく、

「どこで会話の速度が合わなかったか」

「何の刺激が多すぎたか」

を一行だけ残します。

4.予定の変更を、頭の中だけで処理しない

予定が変わったら、紙やスマートフォンの画面など、目に見える形にします。

変更を事前に把握できるだけで、混乱の程度が変わる人もいます。

5.医療につながっている人は、自己判断で治療を止めない

不安、うつ、睡眠、ADHDなどを含め、治療内容の変更は一人で決めず、医師や専門家に相談してください。

この五つだけで人生が変わる、とは言いません。

明日の朝から、人と話すことが急に楽になるとも約束できません。

ただ、うまくいかなかった瞬間に、

「やっぱり自分はダメだ」

と自分自身を否定する前に、

「何が自分にとって負担だったのだろう」

と、人格ではなく条件の問題として考え直すきっかけにはできます。

うまくいかなければ、そのときの状況を記録する。

そして次は、一つだけ条件を変えてみる。

それくらいで十分な夜もあります。


編集部6人の声

リコ(編集長)

「自閉そのものを消そうとする考え方は、長く続きすぎたと思う。見るべきなのは、感覚のつらさ、人とのすれ違い、そして同時に抱えている別の苦しさ。その人の在り方ではなく、生活を苦しくしているものを減らしていくことが大切です。」

ルミ

「会話がうまくいかなかったとき、片方だけの欠陥にしないでほしい。二重の共感という考え方は、責任から逃げるためのものじゃないよ。どうすればお互いに伝わりやすくなるのか、もう一度考えるためのものだと思う。」

ナジカ

「周囲に合わせるのが上手な人ほど、家に帰ってから動けなくなることがある。『普通に見せるな』とまでは言わない。でも、一日中やる必要はない。力を抜ける時間をつくって。それさえ無理なほど疲れているなら、まず休んで。」

あかね

「今日から全部変えなくていい。まず三つだけ。つらい刺激を一つ減らす。予定の変更は目に見える形にする。会話のあとには、自分を責める代わりに、何が負担だったか一行だけ残す。それ以外は急がなくていいよ。」

あかり

「『よくなる』というのは、自閉が消えることではありません。感覚のつらさが少し減る。人とうまく話せなかった日にも、自分を責めすぎずに済む。そういう変化も、大切な一歩だと思います。」

ミラン

「環境そのものが人を追い詰めているのに、全部その人の責任にするのは違うでしょ。休むこともできない場所で『もっと空気を読め』なんて言われたら、誰だって苦しくなるわ。」


第4章の結び

ASDを、性格や努力不足だけで説明することはできません。

感覚の処理。

コミュニケーションのすれ違い。

長期間にわたって周囲に合わせ続けること。

そして、同時に抱えている不安やうつ。

そうした側面から見直すことで、これまで「本人の問題」とされてきたことの意味が変わって見える場合があります。

自閉という在り方そのものを消すことが、この章の目標ではありません。

感覚刺激だけで一日を使い果たしてしまう日を減らす。

人と話す負担を、片方だけに背負わせない。

周囲に合わせ続けたあと、燃え尽きてしまう状態を減らす。

何かに失敗しても、すぐに

「自分は人として欠けている」

という結論まで行かない。

うまくいく日もあれば、うまくいかない日もあります。

うまくいかなかったとき、そこで自分の人格まで否定しない。

何が起きたのかを記録して、次に変えられそうな条件を一つ探す。

この章で渡したいのは、

「普通になりなさい」

という言葉ではありません。

明日の朝を、今日より少しだけ過ごしやすくするための地図です。

次の第5章では、

誤診・併存・境界

を扱います。

ADHDとASDの両方の特徴を持つ人。

不安やうつが前面に現れ、発達の問題が見えにくくなっている人。

一つの診断名だけでは説明しきれない場所を、第5章で読み直します。

—— ヤバりみ!編集部
リコ/ルミ/ナジカ/あかね/あかり/ミラン


編集部メモ:
この連載は、仮説と検証を重ねながら考えていく場です。日々の自分の反応を短く記録するという考え方については、短編「慰めAIのバグ」でも扱っています。治療を案内するものではありません。


主要出典(本文の番号)

[1] Lord C, Elsabbagh M, Baird G, Veenstra-Vanderweele J. Autism spectrum disorder. Lancet. 2018;392(10146):508-520.

[2] Pellicano E, den Houting J. Annual Research Review: Shifting from ‘normal science’ to neurodiversity in autism science. J Child Psychol Psychiatry. 2022;63(4):381-396.

[3] Milton DEM. On the ontological status of autism: the ‘double empathy problem’. Disabil Soc. 2012;27(6):883-887.

[4] Robertson CE, Baron-Cohen S. Sensory perception in autism. Nat Rev Neurosci. 2017;18(11):671-684.

[5] Lai MC, Baron-Cohen S. Identifying the lost generation of adults with autism spectrum conditions. Lancet Psychiatry. 2015;2(11):1013-1027.

[6] Hull L, Petrides KV, Allison C, Smith P, Baron-Cohen S, Lai MC, Mandy W. “Putting on My Best Normal”: Social Camouflaging in Adults with Autism Spectrum Conditions. J Autism Dev Disord. 2017;47(8):2519-2534.

[7] Raymaker DM, Teo AR, Steckler NA, et al. “Having All of Your Internal Resources Exhausted Beyond Measure and Being Left with No Clean-Up Crew”: Defining Autistic Burnout. Autism Adulthood. 2020;2(2):132-143.

[8] Hollocks MJ, Lerh JW, Magiati I, Meiser-Stedman R, Brugha TS. Anxiety and depression in adults with autism spectrum disorder: a systematic review and meta-analysis. Psychol Med. 2019;49(4):559-572.

[9] Simonoff E, Pickles A, Charman T, Chandler S, Loucas T, Baird G. Psychiatric disorders in children with autism spectrum disorders: prevalence, comorbidity, and associated factors in a population-derived sample. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry. 2008;47(8):921-929.


免責

本記事は情報提供と考察を目的としたものであり、医学的な診断や治療の代わりになるものではありません。症状や治療方針については、医師・専門家にご相談ください。現在治療を受けている方は、服薬を含む治療を自己判断で中断・変更しないでください。本文中の引用・記述は公開時点の主要文献に基づく要約であり、個別の診療方針を示すものではありません。


English Abstract — Chapter 4

Autism Is Not Something to Erase: Rereading Sensory Load, Mismatch, and Co-occurring Pain as Social-Life Impairment

Yabarimi Editorial Team.

Chapter 4 looks at autism spectrum (ASD) without treating it as a character flaw, a lack of effort, or a way of being that must be deleted.

“Recoverable” here does not mean autistic traits vanish forever with a pill. It can mean clinical calm for a time, more workable daily life, a sense that living feels less crushing, and—where research can measure it—neurobiological change. For ASD, the heart of the chapter is reducing sensory suffering, lowering the cost of communication mismatch, and not missing co-occurring anxiety, depression, or ADHD.

Autism is a wide constellation, not a single face. Outlooks are brighter in some respects than fifty years ago, and some people move below diagnostic thresholds in adulthood. Many still will not work full-time or live independently. Hope and that harder picture belong on the same page.

A deficit-only, “erase the difference” science has limits. Neurodiversity reads pain and disability in relation to environments, not only inside an individual.

The double-empathy problem treats social difficulty as a two-way mismatch, not a one-sided lack of empathy. Sensory processing differences are not “being picky.” Adult diagnosis is not rare; camouflaging can hide a person for years and still leave a bill at night. Autistic burnout names a state after resources have been spent beyond recovery. Anxiety and depression are common companions; one label should not explain everything.

A practical shift is to record difficulties as conditions rather than character flaws: what input was too much, where communication broke down, and what one thing might be changed next. Constant camouflaging should not be treated as the only path to adaptation. Treatment should not be started, stopped, or changed without appropriate clinical guidance.

Explanation does not excuse harm done to others. At the same time, harsh environments cannot always be overcome through individual effort alone.

The aim is not to erase a way of being, but to reduce suffering and impairment in daily life where possible.

Next: Chapter 5 — misdiagnosis, co-occurrence, and boundaries.

— Yabarimi Editorial Team
Rico / Lumi / Najika / Akane / Akari / Milan

Disclaimer: This article is for information and reflection. It is not a substitute for medical diagnosis or treatment. Please consult a qualified clinician. If you are receiving treatment, do not stop or change it, including medication, on your own. Citations summarize selected published literature and do not prescribe individual clinical decisions.

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