量子コンピュータのニュースでは、「100量子ビット」「1000量子ビット」「100万量子ビット」といった数字が目を引きます。
しかし、これから本当に重要になる数字は、単純な量子ビットの数ではないかもしれません。
その量子ビットを、どれだけ信用できるのか。
量子コンピュータの内部では、量子ビットは環境との相互作用、制御のずれ、ゲート操作、測定など、さまざまな原因でエラーを起こします。しかも量子計算では、途中でたった一つのエラーが起きても、その影響が計算全体へ広がる可能性があります。
そこで研究者たちが30年以上追い続けてきたのが、**Quantum Error Correction――量子エラー訂正(QEC)**です。
そして2026年、その研究は大きく変わり始めています。
目標は「エラーのない物理量子ビット」を作ることだけではありません。多少壊れる物理量子ビットを複数組み合わせ、そこからより壊れにくい「論理量子ビット(logical qubit)」を作ることです。
量子コンピュータ競争は、「何個のqubitを持っているか」だけを見る時代から、**「どれだけ信頼できるlogical qubitを、どれだけ少ない物理資源で作れるか」**を見る時代へ進みつつあります。
量子ビットは、なぜそんなに壊れやすいのか
普通のコンピュータのビットは、0か1です。もちろん古典コンピュータでもエラーは起こりますが、情報を複製し、冗長化して、異常な値を検出して直すための技術が成熟しています。
ところが量子ビットは事情が違います。
量子ビットは0と1の単純な二択ではなく、その重ね合わせとして存在できます。そして複数の量子ビットを量子もつれによって結びつけることもできます。これこそ量子計算の力の源ですが、同時に非常に繊細です。
周囲との相互作用によるデコヒーレンス、制御パルスの誤差、1量子ビット・2量子ビットゲートの誤差、測定エラー、不要な相互作用であるクロストーク、計算空間から状態が外れてしまうリーケージなど、現実の量子プロセッサにはさまざまなノイズがあります。
つまり量子コンピュータは、
「計算する装置」であると同時に、「壊れ続ける量子状態を守り続けなければならない装置」
でもあるのです。
Google Quantum AIは、現在の最先端量子デバイスでも、実用的なアルゴリズムが必要とする信頼性との差が非常に大きいことを説明しています。実用的な量子計算を考えるなら、単に物理量子ビットを増やすだけでは足りません。Google Research
では、量子情報をコピーして予備を作ればいい?
ここで普通のコンピュータと同じ発想をすると、
「同じ量子情報を何個もコピーして、多数決すればいいのでは?」
と思うかもしれません。
しかし量子力学には**no-cloning theorem(量子複製不可能定理)**があります。未知の量子状態を、そのまま完全に複製して予備コピーを作ることはできません。
そこで量子エラー訂正は、もっと巧妙な方法を使います。
一つの量子情報を一つの物理量子ビットだけに預けるのではなく、複数の物理量子ビットにまたがる量子的な状態として符号化するのです。
守りたい量子情報そのものを直接読み出すのではなく、補助量子ビットなどを利用して「どのようなエラーが起きた可能性があるか」を示す情報――syndrome(シンドローム)――を取得します。
そのsyndromeを古典コンピュータ側の**decoder(デコーダ)**が解析し、どのエラーが起きた可能性が高いかを推定する。
量子状態の中身を丸裸にしてしまうのではなく、エラーについての情報を取り出すわけです。
ここが量子エラー訂正の核心です。
「物理量子ビット」と「論理量子ビット」は別物
ここから、量子コンピュータを見る目が変わります。
チップ上などに存在する個々の量子ビットが、**physical qubit(物理量子ビット)**です。
それに対して、複数の物理量子ビットを使って量子情報を符号化し、エラーから保護された計算単位として扱うものが、**logical qubit(論理量子ビット)**です。
たとえば「1000量子ビットの量子コンピュータ」と聞いても、それだけでは将来のフォールトトレラント計算能力は分かりません。
重要なのは、
何個の物理量子ビットから、どの程度の品質の論理量子ビットを作れるのか。
そして、
その論理量子ビットを使って、何回の信頼できる論理操作を実行できるのか。
という点です。
IBMも、大規模量子計算では複数の物理量子ビットを使って少数の低エラーなlogical qubitを作ることが重要だと説明しています。IBMが2029年に計画するStarlingも、単なる物理qubit数ではなく、200 logical qubitsで1億回の量子操作を行うというロードマップになっています。ただしこれは2026年現在の実績ではなく、IBM自身が明記している将来目標です。IBM
30年前から始まっていた「量子を守る」という研究
量子エラー訂正は、2020年代に突然現れたアイデアではありません。
1990年代半ばにはPeter Shor、Andrew Steane、A. R. Calderbankらによって、量子情報を冗長に符号化し、エラーから保護できることを示す基礎研究が進みました。CalderbankとShor、Steaneらの研究は、古典的な誤り訂正符号と量子力学を結びつけ、今日のQECへつながる重要な基礎になっています。APS Journals
ここからstabilizer code、CSS code、surface codeなど、多数の量子誤り訂正方式が発展していきました。
つまり人類は、量子コンピュータを「どう計算させるか」とほぼ同時に、
「どうすれば計算中に壊れないのか」
という問題とも30年以上格闘してきたのです。
Surface Code――量子コンピュータを守る有力方式
現在の量子エラー訂正を理解するとき、避けて通れないのが**surface code(表面符号)**です。
surface codeの大きな利点の一つは、二次元格子上で近接する量子ビット同士の相互作用を中心に構成できることです。これは特に超伝導量子ビットのようなハードウェアと相性が良く、長年にわたりフォールトトレラント量子計算の有力候補として研究されてきました。
ここで重要になる概念が**code distance(符号距離)**です。
非常に単純化して言えば、distanceを大きくすると、より多くの物理的エラーに耐えられる符号を作れます。しかし、そのためにはより多くの物理量子ビットや操作が必要になります。
つまり、
強く守るほど、資源を使う。
これがQECの巨大な問題です。
2026年のsurface code解説でも、surface codeとlattice surgeryを中心とした現代的なフォールトトレラント計算の構成が整理されています。PubMed Central (PMC)
「Threshold」を超えるのではない。下回ることが重要
量子エラー訂正には非常に重要な境界があります。
**error-correction threshold(誤り訂正しきい値)**です。
物理量子ビットのエラーが大きすぎれば、訂正操作そのものにもエラーが入り、物理量子ビットを追加するほど問題が増えてしまいます。
しかし物理エラー率が、使用する符号・回路・ノイズモデルなどに対応する一定のthresholdより低くなれば、保護を強くすることでlogical errorをさらに小さくできる領域に入ります。
これがbelow thresholdです。
Google Quantum AIはWillowプロセッサを用いたsurface-code memoryで、distance 5とdistance 7を実装し、符号を大きくすることでlogical errorが抑制されるbelow-threshold QECをNatureで報告しました。Googleの説明では、3×3から5×5、7×7へ拡大するごとにencoded error rateが約2.14分の1になり、distance-7 logical qubitの寿命が構成する最良のphysical qubitを上回りました。Nature
これは、
「量子ビットを増やすとエラーも増える」世界から、「適切に増やせば論理量子ビットが強くなる」世界へ入れる
ことを実験で示した重要な結果です。
ただし、これを「実用的なフォールトトレラント量子コンピュータが完成した」と読むのは早すぎます。
below thresholdは極めて重要な通過点ですが、巨大な実用アルゴリズムを長時間実行できる汎用FTQCとは別です。

2026年、QECは「保存」から「計算」へ進み始めている
ここからが2026年の面白いところです。
量子情報を守って保存するだけなら、それは非常に高性能な「量子メモリ」に近い。しかしコンピュータとして使うには、守られたlogical qubitに対して計算しなければなりません。
しかも論理ゲートを実行した結果、エラーが一気に拡散したら意味がありません。
そこで必要になるのが**fault-tolerant quantum computation(フォールトトレラント量子計算)**です。
局所的な物理エラーが起きても、それが制御不能に広がって論理情報全体を破壊しないよう、状態準備・ゲート・測定・エラー訂正を設計する。
つまりQECの本当のゴールは、
「壊れない量子メモリ」ではなく、「壊れながらでも計算を続けられる量子コンピュータ」
なのです。
2026年には「測定しない」フォールトトレラント計算まで実験された
従来のQECでは、計算途中にsyndromeを測定し、その結果を古典系へ送り、次の操作を決めるmid-circuit measurementとfeed-forwardが重要になります。
しかしこれはハードウェアによっては遅く、難しい。
2026年1月、Nature Communicationsに掲載された研究では、トラップドイオン量子プロセッサ上で、計算途中の測定とfeed-forwardを使わないfault-tolerant logical operationsが実験されました。
研究チームは8 physical qubits上のerror-detecting codeに3 logical qubitsを符号化し、fault-tolerant universal gate setを構成し、さらに小規模ながらGrover探索アルゴリズムをlogical qubits上で実装しています。Nature
これはまだ大規模な実用計算ではありません。
しかしQEC研究が「量子状態を守れるか?」から、
「守った量子情報を使って、実際にアルゴリズムを動かせるか?」
へ移っていることを示す一例です。
もう一つの大問題――QECは「量子ビットを食いすぎる」
ここで、未来の量子コンピュータを左右する問題が出てきます。
オーバーヘッドです。
一つのlogical qubitを守るために大量のphysical qubitsが必要なら、実用機を作るためのハードウェアは巨大になります。
さらに必要なのはデータ量子ビットだけではありません。syndrome測定用の補助qubit、論理ゲート、decoder、配線、制御系、リアルタイム処理なども必要です。
そして大規模アルゴリズムでは、非Clifford演算をフォールトトレラントに実現するためのmagic-state distillationなどが大きな資源を要求する可能性があります。
だからQEC競争は、
「エラーを直せるか」から「どれだけ安くエラーを直せるか」へ
進んでいます。
qLDPC――Surface Codeの次を狙う存在
そこで近年、非常に注目されているのが**quantum Low-Density Parity-Check codes(qLDPC codes)**です。
surface codeには実装上の大きな利点がありますが、多数のlogical qubitsを大規模に保護しようとすると物理qubitのオーバーヘッドが問題になります。
qLDPCは、より高いencoding rateで量子情報を保護し、必要なphysical qubit数を減らせる可能性があります。
しかし、ここにも落とし穴があります。
保存効率が良くても、計算しにくければコンピュータには使いにくい。
2026年5月のNature Communications論文では、SHYPSと呼ばれるqLDPC code familyを使い、論理Clifford演算を効率よく実行する方法が示されました。論文中のシミュレーションでは、条件によってsurface codeよりphysical-qubit overheadを2倍〜3.5倍程度削減する比較例も報告されています。ただし性能はphysical error rateやcode sizeなどの条件に依存し、「qLDPCが常にsurface codeより優れている」という意味ではありません。Nature
さらにNature Physicsでは2026年、logical operatorをgaugingすることで、fault-tolerant logical measurementのqubit overheadを抑える理論的手法も報告されています。Nature
そして6月には、二次元のplanar hardware上でbivariate-bicycle系qLDPC codeを操作する「code craft」も報告されました。Nature
ここで研究競争の形が見えてきます。
強く守れるか。
少ないqubitで守れるか。
速くdecoderを動かせるか。
守ったまま論理ゲートを実行できるか。
現実の二次元チップで作れるか。
QECは、単一の「正解の符号」を探す競争ではなくなっています。
Quantinuum――98 physical qubitsから48 error-corrected logical qubits
2026年に特に興味深い数字を出している企業の一つがQuantinuumです。
同社はHeliosの98 physical qubitsを利用し、最大48 error-corrected logical qubitsを構成したと発表しています。さらに別の設定では94 error-detected logical qubits、量子磁性シミュレーションでは50 error-detected logical qubitsなど、保護の強さとlogical-qubit数を用途によって変えるアプローチを示しています。Quantinuum
ここで注意したいのは、
「48 logical qubits」と「他社の48 logical qubits」を数字だけで単純比較できない
ことです。
使うcode、error detectionかcorrectionか、logical error rate、許容するpost-selection、実行する回路、接続性、ゲート品質などが違うからです。
だからこれから量子コンピュータの記事を読むときは、
「何qubit?」
だけでなく、
「physicalなのかlogicalなのか?」
「どんなQEC codeなのか?」
「logical errorはいくつなのか?」
「どの回路をどこまで実行したのか?」
を見る必要があります。
量子コンピュータの「馬力表示」そのものが変わり始めています。
中性原子でも「論理量子ビット」競争が始まった
QECは超伝導だけの競争ではありません。
2026年6月にはNature Physicsで、準安定状態を利用するイッテルビウム171(¹⁷¹Yb)中性原子を使ったlogical-qubit circuitsが報告されました。
この研究の特徴は、単にエラーを減らすだけでなく、一部のエラーをerasure error――「どこでエラーが起きたか分かるタイプのエラー」へ変換することです。
場所が分からないエラーより、「ここが壊れた」と分かるエラーの方が訂正しやすい。
研究チームは[[4,2,2]] codeによるlogical-qubit encodingや、mid-circuit erasure measurementを使った訂正、code block間のlogical-qubit teleportationなどを実証しました。Nature
これはQECの未来を考える上で重要です。
ソフトウェア側でエラーを直すだけではなく、ハードウェアそのものを「直しやすいエラーを出す装置」に設計する。
量子ハードウェアとQEC codeが、別々の技術ではなくなっていく可能性があります。
そしてAIが「量子コンピュータのエラー」を見張り始めた
第13回で、ヤバりみ!未来展望はCPU・GPU・QPU・AIが連携する「ハイブリッド時代」を考えました。
その続きとして非常に興味深い研究が、2026年7月にNatureで発表されています。
Google Quantum AIなどの研究チームは、Willowプロセッサ上でreinforcement learning(強化学習)をQECの制御に利用しました。
量子コンピュータは長時間動かしていると、環境条件や制御パラメータが少しずつdriftします。従来なら計算を止め、再calibrationする必要が生じます。
この研究では、QECが生成するerror-detection eventsを学習信号として利用し、AIエージェントが計算中に制御パラメータを調整しました。実験では、意図的に与えたdriftに対してsurface-code logical stabilityが3.5倍改善したと報告されています。Nature
これは、
AIが量子コンピュータの横で答えを考える
というだけの話ではありません。
AIが、
量子コンピュータ自身を壊れにくく保つ制御系の一部になる
可能性を示しています。
ただし、これを「AIがQEC問題を解決した」と解釈してはいけません。特定の実験条件で示された重要な成果であり、大規模FTQC全体の自律制御が完成したわけではありません。
量子コンピュータは「止めて修理する機械」ではなくなるのか
ここからはヤバりみ!未来展望です。
現在のコンピュータでは、エラーは基本的に「異常」です。
しかし未来の量子コンピュータでは、発想が逆になるかもしれません。
エラーは起きる。だから、起きることを前提に計算機を設計する。
量子ビットは揺らぐ。
ノイズは消えない。
環境も少しずつ変わる。
それでもsyndromeを読み続け、decoderが推定し、QECがlogical stateを守り、AIが装置のdriftを監視し、必要なら制御条件を変える。
未来の量子コンピュータは、
「壊れないコンピュータ」ではなく、「壊れながら自分を守り続けるコンピュータ」
になるのかもしれません。
これは2026年時点で完成した技術ではありません。
しかし、QECとリアルタイムdecoder、ハードウェア設計、AI制御が一つのsystem architectureへ近づいている研究方向から見れば、十分に考える価値のある未来です。
本当の競争は「100万qubit」ではないかもしれない
これから数年、量子コンピュータ企業はさらに大きな数字を発表するでしょう。
1000 qubits。
1万 qubits。
100万 qubits。
しかし、その数字だけでは十分ではありません。
100万個のphysical qubitsがあっても、それらのエラー率が高く、QEC overheadが巨大で、decoderが追いつかず、logical gateを十分な精度で実行できなければ、実用的な計算機にはなりません。
逆にphysical-qubit数が少なくても、高いfidelity、効率のよいcode、高速decoder、低overheadなlogical operationsを組み合わせれば、より価値のあるlogical computationを実行できる可能性があります。
だから未来のニュースで重要になるのは、
Physical Qubits
→ Logical Qubits
→ Logical Error Rate
→ Logical Operations
→ Resource Overhead
→ 実際に実行できるAlgorithm
という流れです。
「何個あるか」から、
「何個を信用して、どれだけ長く計算できるか」へ。
量子コンピュータの性能競争は、ここへ向かっています。
IBMは200 logical qubitsを目標にしている。ただし「2029年計画」
この違いがよく表れているのがIBMのロードマップです。
IBMはStarlingについて、2029年に200 logical qubitsで1億quantum gatesを実行するfault-tolerant systemを目標に掲げています。さらに2033年以降にはBlue Jayで2000 logical qubits、10億gate規模を目標としています。IBM
また2028年の計画には、fault-tolerant computationに必要となるmagic-state distillationの実証も含まれています。IBM
重要なので繰り返します。
これは実績ではなくロードマップです。
IBM自身もロードマップについて、将来の意図・目標であり変更または撤回される可能性があると明記しています。IBM
だから、
「2029年には必ず200 logical qubitsの実用量子コンピュータが完成する」
とは言えません。
しかし企業が物理qubit数だけでなく、logical qubit × executable gatesで将来機を定義し始めていること自体が、量子コンピュータ競争の変化を象徴しています。
Microsoftも「logical qubitを使う機械」へ
Microsoftもlogical-qubit側へ踏み込んでいます。
同社はAtom Computingのneutral-atom hardwareとMicrosoftのsoftware stackを組み合わせたMagneという計画を進めており、logical qubitsをユーザーがオンデマンドで利用できる汎用商用機を目指しています。また2026年にはQEC用オープンソースパッケージ「deq」も発表しています。Microsoft Quantum
これも「完成済みの大規模FTQC」と混同してはいけません。
しかしGoogle、IBM、Quantinuum、Microsoft、大学・研究機関を横断して見ると、一つの流れがかなり明確になります。
physical qubitを作る競争の次に、logical qubitを工学として成立させる競争が始まっている。
「エラー訂正」は裏方ではなく、量子コンピュータそのものになる
普通のコンピュータでは、誤り訂正という言葉を普段意識しません。
SSDや通信、メモリなどの内部では高度なエラー対策が働いていても、利用者はその存在をほとんど感じません。
量子コンピュータも、最終的には同じようになるのかもしれません。
ユーザーは、
「surface codeを起動してください」
とも、
「syndrome decoderを動かしてください」
とも言わない。
ただアルゴリズムを書く。
その下でQEC、decoder、control electronics、CPU/GPU、AI、QPUが動き続け、logical qubitを維持する。
そうなったとき、量子エラー訂正は「量子コンピュータに追加された安全装置」ではありません。
量子コンピュータを量子コンピュータとして成立させる、OSよりさらに深い基盤
になっているでしょう。
ヤバりみ!未来展望――「壊れない1量子ビット」の価値
これまで量子コンピュータの進化は、qubit数で語られることが多くありました。
しかし未来には、違う見出しが普通になるかもしれません。
「何個の量子ビットを作ったか」ではなく、「何個の量子ビットを信用できるようにしたか」。
100万個の不安定な物理qubitと、1000個の極めて信頼性の高いlogical qubit。
どちらが価値を持つかは、単純な個数では決まりません。
そしてQECが進歩すれば、さらに問いは変わります。
logical qubitを何個作れるか。
1 logical qubitあたり何physical qubits必要か。
logical error rateはいくつか。
何回logical gateを実行できるか。
decoderはリアルタイムで追いつくか。
magic stateをどれだけ効率よく供給できるか。
そして最後に、
その機械で、人類にとって意味のある計算を何ができるのか。
ここまで到達して初めて、「量子コンピュータの性能」を語れる時代が来るのかもしれません。

結論――量子コンピュータ最大の敵は、古典コンピュータではない
第13回で見たように、量子コンピュータはCPUやGPUを滅ぼす存在ではなく、それらと組み合わされる可能性があります。
では量子コンピュータ最大の敵は何でしょうか。
古典コンピュータでしょうか。
GPUでしょうか。
AIでしょうか。
おそらく、その前に戦わなければならない敵があります。
自分自身のエラーです。
量子状態は壊れる。
ゲートは完璧ではない。
測定も間違える。
環境は変化する。
だから人類は、一つの完璧な量子ビットを待つのではなく、
不完全な量子ビットを組み合わせて、より信頼できる「論理量子ビット」を作る
という道を選びました。
1990年代には理論だったものが、30年後の2026年にはsurface code、trapped ions、neutral atoms、qLDPC、real-time decoder、AI制御まで広がっています。Googleはbelow-threshold QECを報告し、Quantinuumは98 physical qubitsから48 error-corrected logical qubitsを報告し、研究チームはmeasurement-free fault-tolerant logical computationやneutral-atom logical circuitsを実証しています。一方、IBMやMicrosoftはlogical qubitを中心にした将来機を計画しています。Nature
まだ、大規模で汎用的なfault-tolerant quantum computerが完成したわけではありません。
むしろ、本当の競争はこれからです。
量子ビットの数を競う時代から、
「壊れない1量子ビット」を作る時代へ。
その「1量子ビット」を実現するために、実際には多数の物理量子ビット、古典計算、decoder、制御装置、そして将来はAIまでが働く。
それは少し奇妙です。
量子コンピュータが巨大になるほど、私たちが本当に欲しいものは、たった一つの――
「信用できる量子ビット」なのかもしれません。
Research Note|2026年9月17日時点
この記事では、実証済み/研究中/企業ロードマップ/ヤバりみ!未来展望を区別しています。
実証済みの代表例として、Google Quantum AIによるWillow上のbelow-threshold surface-code memory、トラップドイオン上のmeasurement-free fault-tolerant logical operations、¹⁷¹Yb中性原子を用いたlogical-qubit circuits、Googleらによるreinforcement-learning QEC control、Quantinuumによる98 physical qubitsを用いたlogical-qubit構成などがあります。Nature
一方、IBM Starlingの200 logical qubits/1億gate、Microsoft Magneなどは将来計画であり、2026年9月時点でその完成を示すものではありません。IBM
qLDPCによる大幅なresource-overhead削減についても有力な研究が進んでいますが、ハードウェア構成、ノイズ、接続性、decoder、logical operationsを含めた実用上の最適方式が一つに決着したとは言えません。Nature
また「壊れながら自分を守り続けるコンピュータ」「QECがOSより深い基盤になる」といった表現は、現在の研究動向を踏まえたヤバりみ!未来展望であり、確立された科学的結論ではありません。
English Summary
YABALIMI! Future Outlook #14
Quantum Error Correction: From More Qubits to More Trustworthy Qubits
Quantum computers do not fail simply because they lack enough qubits. Their deeper problem is that quantum information is inherently fragile.
Quantum error correction addresses this problem by encoding quantum information across multiple physical qubits to create protected logical qubits. Instead of directly measuring and destroying the encoded quantum state, error syndromes can be extracted and decoded to identify likely errors.
The field is now moving beyond the question of whether quantum information can be protected.
The harder question is:
Can logical qubits remain protected while performing useful computation?
Recent progress includes below-threshold surface-code error correction, fault-tolerant logical operations, more resource-efficient qLDPC codes, neutral-atom logical-qubit experiments, and reinforcement-learning control of QEC systems.
This changes how quantum computers may eventually be evaluated.
The important metrics may no longer be simply:
How many physical qubits does the machine have?
They may become:
How many reliable logical qubits can it sustain?
At what logical error rate?
At what physical-resource cost?
For how many logical operations?
And what useful algorithms can those logical qubits actually execute?
Large-scale universal fault-tolerant quantum computing has not yet been achieved.
But the competition is changing.
The future of quantum computing may be less about building the largest number of qubits—
and more about building qubits we can finally trust.
主要参考文献・一次資料
- Google Quantum AI and Collaborators, “Quantum error correction below the surface code threshold,” Nature 638, 920–926 (2025). Nature論文
- Google Quantum AI, “Dynamic surface codes open new avenues for quantum error correction” (2026). Google Research
- “Reinforcement learning control of quantum error correction,” Nature 655, 879–884 (2026). Nature論文
- Butt et al., “Demonstration of measurement-free universal logical quantum computation,” Nature Communications 17, 995 (2026). Nature Communications論文
- Williamson & Yoder, “Low-overhead fault-tolerant quantum computation by gauging logical operators,” Nature Physics 22, 598–603 (2026). Nature Physics論文
- Malcolm et al., “Computing efficiently in QLDPC codes,” Nature Communications 17 (2026). Nature Communications論文
- Zhang et al., “Logical qubits with erasure conversion using metastable neutral atoms,” Nature Physics 22, 910–916 (2026). Nature Physics論文
- Steane, “Error Correcting Codes in Quantum Theory,” Physical Review Letters 77, 793 (1996). APS論文
- Calderbank & Shor, “Good quantum error-correcting codes exist,” Physical Review A 54, 1098 (1996). APS論文
- IBM Quantum Roadmap
- Quantinuum — Skinny Logic: Quantum Codes Go on a Diet
- Microsoft Quantum — Logical Qubit Research and Magne
次回予告|量子コンピュータは、結局「何」で作るのか?
量子コンピュータと一口に言っても、その中身は一つではありません。**超伝導、イオントラップ、中性原子、光、シリコン――**世界では異なる方式が、それぞれの強みを武器に競争を続けています。
大量の量子ビットを並べやすいのはどれか。高精度なゲートを実現しやすいのはどれか。量子エラー訂正との相性はどうか。そして将来、巨大な量子コンピュータへ拡張できるのはどの方式なのか。
「結局、量子コンピュータは何で作るのが正解なのか?」
次回は、量子コンピュータの“中身”そのものへ入っていきます。

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